おしどりマコさん♡街頭演説

2019.03.13 @新宿駅西口

おしどりマコ公式Webサイト

https://www.oshidorimako.page

2019年3月13日夕刻、新宿駅西口地下で行われた立憲民主党のおしどりマコさんの街頭演説を、マコちゃんのツイキャスから文字起こししてみました。

おしどりマコ・ケンさんは全国にも足を運んで頑張っています。ぜひ応援してくださいね♪

立憲民主党 おしどりマコ 

20190313_新宿駅西口街宣

https://twitcasting.tv/makomelo/movie/531445068

 

おしどりケン:ご通行中の皆様、お騒がせいたします。おしどりケンです。

 

只今から、これから、まもなく、まもなくしますと、おしどりマコがこちらで街宣をさせていただきます。

 

おしどりマコは、今年の参議院選挙の全国比例での立候補予定者です。どうぞ、ちょっと足を止めてお聞きいただけると嬉しいです。

 

皆様お騒がせいたしております。おしどりマコがこちらでまもなく街宣を始めます。どうぞ皆様少し聞いていってください。

 

ご通行中の皆様、こんにちは!おしどりマコがこちらで街宣をいたします。まもなく始まります。

 

おしどりマコは、今年の全国比例で参議院選挙立候補予定者です。立憲民主党から出馬する予定になっております。どうぞ皆様足を止めてお話を聞いていってください。

 

まもなく、もう、本当は6時からスタートするという、6時から始まる予定だったんですけど、ちょっと到着が遅れてしまいまして、皆様にちょっと待たせてしまってますけど、もう始まりますんでね。もうここの横でマコちゃんがスタンバイしております。でもまだもうちょっとしゃべれと、そういうサインが飛んできておりましたんでね、ええ。そういう感じでございます💦

 

ご通行中の皆様こんにちは!おしどりマコが、こちらでまもなくしたら街宣を始めます。どうぞ少しお話を聞いていってください。おしどりマコおしどりマコ、立憲民主党から参議院選挙全国比例で立候補予定になっておりますおしどりマコが、こちらで街宣を始めます。皆様どうぞお立ち寄りください。

 

さぁ、温まってきたようで。さぁ、それでは登場・・・(笑)・・・もうちょっとですね💦

 

皆様、こんにちは!お騒がせしております。こちらでまもなく、まもなくしましたら、おしどりマコが街宣を始めます。

 

おしどりマコは漫才師です。僕の相方でもありパートナーでもあります。おしどりマコがこちらで街宣を始めます。

 

おしどりマコは、立憲民主党で全国比例から今年の参議院選挙に立候補予定になっております。どうぞ、おしどりマコの話を聞いてってください。まもなく始まります。

 

こちらの場所でまもなく、おしどりマコが街宣をいたします。

 

さあ、マコちゃん、それではよろしくお願いいたします。マコちゃんの登場で~す!

おしどりマコ:みなさん、こんばんは!おしどりマコと申します。おしどりマコです。今年の参議院議員選挙で、全国比例で立憲民主党から立候補する予定になりました。おしどりマコと申します。

 

本当は私「芸人」なんですけど、よしもとクリエイティブエージェンシーというところで所属していた芸人なんですけど、今年立候補する予定になりました。芸人が何で立候補することになったかと言うと、2011年の東日本大震災と、そして原発事故がきっかけなんですね。

 

2011年、8年前の3月、原発事故があって、テレビでは「直ちに影響はありません」「レントゲン1回分の線量だから大丈夫です」と、繰り返し、繰り返しニュースに流れていた時、テレビに出ている芸人や、ミュージシャンや、俳優やテレビタレントの人たちは、原発事故の汚染を逃れるためにどんどん東京から脱出していきました。

 

一応私おしどりも、テレビ業界の端っこにおりましたので、テレビで仕事をしている方々が、自分の子どもや家族を海外や西日本に避難させ、でもそういうことはテレビには一切出てこずに、「直ちに影響ありません」ということが繰り返し流れていた時、これはあまりにも不公平じゃないんだろうかと思って、それで「本当は原発事故って何が起こってるんだろうか?」と思って、自分で調べるために取材を始めました。

 

芸人が取材を始めるなんて、本当は思ってもなかったんですけど、いつか誰かが、原発事故に詳しいスーパー・ジャーナリストが記者会見に来て、そしてバンバン情報を引き出してくれると思ったんですけど、でも8年経ってそういう人は全然現れずに、取材をする記者は減る一方です。

 

一昨日の3月11日、その日の東京電力の定例の記者会見で、取材をしていたのは6社とフリーランスが2組でした。取材をする人は本当に減る一方で、2011年3月、4月、原発事故があった年は毎日100人ぐらい記者さんが来てたんですけど、今はもう10人前後です。

 

一昨日、8年目の3月11日に東京電力で説明されたこと。これ私が質問したから出てきたんですけど、東京電力の福島第一原発の6号機で、燃料棒の、新しい燃料棒の点検をしていたんですけど、それを点検している途中に、作業台、70cmの作業台から燃料棒を落として曲がったっていうことが出てきたんですね。これ3月6日の資料に出てきて、それを私11日の記者会見で質問しました。

 

東京電力が説明するには、4m×1cmのウラン燃料の粉末のものをこう形に、コインみたいにして、ペレットって言うんですけど、それを敷き詰められたものを、点検中に70cm の作業台から、作業してる人が当たって落として、5mくらいたわんだって言うんですね。燃料棒ってものすごい慎重に扱わないといけないのに、人が当たって落ちて、たわむっていうのはびっくりして、そしてそれが会見で説明することもなく、ただ5行ぐらい、インターネットの、探さないとわからない資料にちょろっと書いてあるだけだったので、びっくりして質問しました。本当は・・・

 

あ、なんかわからないけどありがとうございます。(盛り上がる外国の方に手を振るマコさん)海外の方でした。

 

本当は3月6日の資料に出て、7日の記者会見で聞きたかったんですけど、7日、国際シンポジウムの取材に行って記者会見に行けなかったので、11日に聞いたんですね。そしたら東京電力はちゃんと説明してくれたんですけど、そしてぶら下がりで取材をして、「燃料棒を人が当たって落っことすっていうことなんか、普通あるんですか?」って聞いたら、東京電力の広報の人は「私も聞いたことがないです。なんでそんなことになったのか?」って言ってました。

 

その記事をニュースにしてくれたのは『河北新報』、宮城県に本社がある『河北新報』だけだったんですね。だからちょっと豆知識ですけど、原発事故の情報は、今一番詳しくあちこちのものを記事にしてるのは『河北新報』なんです。

 

ちょっと話がそれるんですけど、福島県の方々が、農民連の方々が東京に来て政府交渉している時に、そこ取材に来ているのは『河北新報』と『赤旗新聞』と、そしておしどりだけなんですね。『河北新報』ちょっと私すごい好きな新聞社です。『河北新報』の人が、燃料棒、6号機の燃料棒が落ちて、落下して歪んだことを記事にしてくださいました。

 

原発事故から8年経って、東京電力の情報公開の体制がどうなっているか、取材の体制がどうなってるか、そういう事を考えた時に、もう、そうですね、今後本当に事故が起こらないというような状況になるか、未来が明るいかって考えると、全然そんなことは思いません。

 

情報公開はもうどんどん後退する一方だし、取材する記者さんも減って、そして情報が出てきたとしても、ちゃんとニュースにしてくださるメディアというのは減っていってると思います。

 

昨日3月12日、東京地裁で原発事故の刑事訴訟、日本全国で唯一争われている刑事訴訟の結審、それが行われました。原発事故で、全国で集団訴訟が約30起こってるんですけど、それ全部賠償請求をしてる民事訴訟なんですね。

 

ちょっとマニアックな話になって申し訳ないんですけど。刑事訴訟、昨日結審したんですけど、でもどの裁判も、原発事故の国や東京電力の責任を争ってる裁判は、津波で原発事故が起こったかどうかっていう、そこが争点になってるんですね。私これずっと取材してて、そこが一番悔しいし、もったいないなぁと思うんですけど・・・

 

例えば賠償の、民事で争っている賠償の責任とか、刑事で争っている争点もそうなんですけど。ちょっとなんか急にマニアックな話になりますけど、原発事故が起こったかどうかという国の責任を問う時に、津波の「予見可能性」と「結果回避可能性」っていうのを争うんですね。

 

簡単に言うと、津波を、原発事故を起こすような津波を予想することができたか?ということが一点と、そして予想出来てその結果を回避することができたか?この二点が初めて成立した時に、国の責任がある、東京電力の責任があるとなるんですね。

 

これ交通事故で言うと、例えば信号無視をしたとか、スピード出し過ぎたとか、これが「予見可能性」ですね。事故を起こす予見ができたかどうか。ブレーキを踏めたかどうか、ハンドルを切れたかどうか、それが事故を回避することができたかどうか、「結果回避可能性」なんです。その二つが初めて揃って「賠償の責任がある」というふうになるんですね。

 

何でこれが私悔しいかっていうと、原発事故が津波だけで起こったんでしょうか。これ私いつも不思議なんです。地震で原発事故が起った可能性もあるんじゃないの?いつも取材して思ってます。

 

なんで争点が津波だけになっちゃってるかっていうと、2012年の7月に出た「政府事故調査報告書」事故は津波のせいだとなっているので、国や東京電力の責任を問う時に、津波で原発事故が起こったかどうか、その一点だけの論争になっちゃってるんですね。

 

じゃあ、地震で原発事故が起ったんじゃないの?って。どこがそういうことを今も検証しているかっていうと、新潟県の技術委員会だけなんです。これいっつも私不思議なことなんですけど、もっと規制庁とか、環境省とか、国の機関が原発事故の追及をずっとやってもいいじゃないと思うんですけど、地震で原発事故が起きたかどうか今もしつこく、しつこくやってるのは、新潟県の技術委員会だけなんです。

 

何故かって言うと、新潟県には柏崎刈羽原発といって、東京電力が持っている原発があるんですね。東京電力はこの柏崎刈羽原発をどうしても動かしたい。でも、原発事故があった当時の県知事、泉田元新潟県知事は、柏崎刈羽原発をどうしても東京電力が動かしたいなら、新潟県にも福島第一原発事故の追及をさせろと交渉して、新潟県の技術委員会は福島第一原発事故の追及をずっと独自でやってるんです。今も続けてます。

 

一番最近だと、今年の1月29日、技術委員会がありまして、そこで課題別ディスカッションっていうのがあって、「地震動による福島第一原発事故への影響」っていう、そういうグループがあるんですね。やはりそこによると、その津波・・・地震で原発事故が起きたという可能性はやっぱり否定できないということが見解として常に書かれています。だから・・・

 

でも、そうですね、その技術委員会で事故の追及を始めた泉田知事、元知事はもう変わって、その後米山元知事になって、今もう別の県知事になっているので、その技術委員会のメンバーを取材すると、本当にこの状態のままきちんと検証させてもらえるかどうかという不安を、委員は口にしていました。

 

ちょっと話は遡るんですけど、2013年頃、私新潟県の当時の泉田知事が、本当に原発事故に関してきちんと調査しているのか?わざとパフォーマンスとして厳しいことを言って、そのアリバイ作りと言いますか、本当は経産省出身で自民党の方なので、本当は原発推進だけど、知事としてきちんとやったというアピールのために福島第一原発事故に厳しいんじゃないだろうかと思って、何度か新潟県に通って取材したんですね。

 

そうすると、普通県庁、各都道府県の県庁の記者クラブって、ものすごく記者クラブの力が強くって、外部のフリーランス、よその地方から来た記者というのは受け付けて、入れてもらえないんです。でも何とか新潟県の広報にお願いした末に、当時の米山知事が、外部の記者も記者会見に、県知事の記者会見に入れたいと交渉したんですけど、記者クラブ側が嫌がったので、記者クラブの記者会見の後に、県知事の記者懇談会っていうのを作って、そこにはどの記者も参加してもいい、そしてどんな質問でも受け付けるっていう事始めたんですね。

 

その記者懇談会開かれた時に、私取材したいって連絡してたんで、お願いしてたんですぐ連絡が来て行ったんですけど。その記者クラブの記者会見が一度見たいって言うと、その質問せずにオブザーバーであればいい、入ってもいいということで入ってたんですけど。当時、新潟県の記者クラブの人たちと泉田元知事のやり取りがものすごい罵り合いだったんですね。

 

たまたま記者懇談会の第1回目だっていうことっていうのもあったんですけど、記者さんが「知事が、原発のことしか言わないから、新潟県には原子力しかないと思われるんですよ」「原発の事ばっかり言わないでください」とか記者さんが本当にそんな感じで質問して、泉田さんは「あなたは記者として原発事故のことが勉強不足です」とか言うんですね。そうすると記者クラブの他の人たいが、「いいんですか?そんなことを、言い方をして」「私たちはあなたの態度を記事に書きますよ」とか、ものすごいケンカ口調なんです。

 

新潟県の県庁の広報課の人に、「いつもこんな感じなんですか?」ってちっちゃい声で聞くと、若い県庁の方は「いつもこんな感じなんです」って返してくれたんで、恐ろしいな、こんなにケンカ口調なんだと思ってびっくりしました。

 

そして記者懇談会になって、私も質問できるようになって席につかしてもらうと、はじめフリーランスの方たちが質問して、やっぱり原発事故の質問が多いんですね。たまたま私、水俣病の最高裁訴訟の判決が出たばっかりで、新潟水俣病で泉田知事がちょっと、元知事が動かれたばっかりだったので、原発事故の質問の後そのことも質問しました。そうすると、新潟県の記者クラブの人が泉田元知事に、「ほら見てください、記者懇談会なんて言っても、新しく来る、外から来る記者は原発事故の質問しかしませんよ」って泉田さんに言ったんですね。そしたら泉田さんが私を指差して、「この人が水俣病の質問をしました」って急に言って、うわっ、私もケンカに巻き込まれたと思って面白かったんですけど。

 

でも、本当に何度か新潟県庁の記者懇談会、そして記者クラブの会見のオブザーバーをさしてもらってるうちに、そうか!って。私、結構パフォーマンス的に原発事故のことに新潟県の知事は言及してるのかなと思ったんですけど、結構意外と本気でこんなに地元の記者クラブと毎回ケンカしながらやってるんだなっていうことを感じました。本当はどうかわかりませんけどね。これは私が感じたことです。

 

そうやって立ち上げられた新潟県の技術委員会が、そこだけが今もずっと福島第一原発事故の、「地震で本当に起こったんじゃないか?」っていう追及をそこだけがし続けてるっていうことは本当におかしいと思います。

 

その新潟県の技術委員会が引き出した最大のものは、私、2016年のメルトダウン隠蔽だと思うんですね。2011年3月、4月から私ずっと取材していて、当時、東京電力は福島第一原発がメルトダウン、燃料が溶けているかどうかわからないって言い続けてたんですね。何でわからないかって言ったら、メルトダウンの判断根拠がないからだ、そう説明をしていました。

 

そして確か、当時記者会見で質問していたニコニコ動画の七尾さんだったと思うんですけど、「東京電力が考えるメルトダウンというのは、どのような状態なんですか?」って聞いたら、当時東京電力会見者の松本純一さんが、「メルトダウンというのは燃料がドロドロと溶けて、ポタポタと溶け落ちる様子でございます」って言うんです。そんなこと言われてもしょうがないわ!と思ったんですけど。

 

そう説明をし続けて、メルトダウンの判断根拠がないから、福島第一原発の燃料が溶けてるかどうかわからないと、私も2011年4月、記者会見に行ってその説明を聞いていました。けれど、2016年、新潟県の技術委員会が引き出したことは、ちゃんとメルトダウンの判断根拠のマニュアルを東京電力は持っていて、それに照らし合わせると、2011年3月14日に燃料棒が損傷していて、それは燃料溶融と、メルトダウンと呼ばれる状態だっていうことを・・・

 

すいません、ご通行中の邪魔をして。どうぞ通ってください。

 

本当は燃料損傷、燃料溶融って呼ばれる状態だっていうマニュアルが存在することを、技術委員会が引き出したんですね。燃料の損傷が5%を超えると「燃料溶融」とそのマニュアルには書かれていた。

 

何で2016年になってそのマニュアルが見つかったかって言うと、ちょっとこれは私、東京電力の説明を記者会見で聞いててびっくりしたんですけど、たまたまマニュアルを探していた東京電力の社員が、なんか本棚のラックに入っていたのを見つけて、そこに書いてあったって言うんですね。たまたま見つけたと。それは当時、2016年姉川常務が、「東京電力がメルトダウンを隠ぺいしていたと言われてもしょうがない」と、そういう説明を記者会見でしていました。

 

2011年から5年も経って、2016年に本当はメルトダウンとわかってたけど、ずっと記者会見では東京電力がしらばっくれ続けてたっていうことが出てきたんです。それを引き出したのが新潟県の技術委員会でした。

 

私それが出てきて、もっと原子力規制庁とか、国とか、他の省庁が動くのかなと思ったんですけど、当時の原子力規制委員会の委員長、田中俊一委員長はそれが出てきても全然動かなくて、「今更その問題を追及したとて何もポジティブなことは生まれないので、その追及は規制委員会としてもしない」っていう回答を記者会見でしていました。

 

原発事故の情報はまだまだ調べないといけないこと、隠されていることっていうのはたくさんあるにもかかわらず、追及し続けているのは新潟県の技術委員会だけっていうのは本当におかしい状況だと思います。

 

私、3月11日から、今年の3月11日から、「8年前の明日」っていうタイトルで、当時どういういことを東京電力が話し合っていたのかっていう書き起こしをウェブにアップしてるんですね。それはテレビ会議動画といって、2011年3月、東京電力福島第一原発と福島第二原発、柏崎刈羽原発と、そして東京電力新橋本店をテレビ会議のインターネットで、そうインターネットですね。テレビ会議の動画システムで繋いで、スカイプみたいに会議する、会話するシステムなんです。その動画が2012年に公開されて、それをずっとこう書き起こしまして、それを公開しています。

 

それをいま見返すと、本当にひどい会話が行われていたんだなと思います。一番初めに東京電力の武黒フェローが言うことには、昨日結審した刑事訴訟の被告になってる方ですね。武黒フェローは、「やはり、イラ菅と呼ばれることだけあって、まぁギャーギャー、ギャーギャーうるさいです。何を説明してもうるさいです」というようなことを言ってます。首相官邸に全然情報上げていなかったんだなぁ、それはわかってたんですけど、きちんと色々読み返してみると、「保安院からも情報上がってないというふうなことを言われますので、まぁ今後はちゃんと対策していきましょう」というようなことが書いてあり、首相官邸だけでなく、原子力保安院にもちゃんと情報上げてなかったんだなぁと知りました。

 

昨日公開した分には、それも当時2012年ちゃんと読んでいたんですけど、改めて見ると本当にひどくて。冷却装置が失われて、原子炉の中を、燃料棒を冷やしている水が、その水位が下がって、そして消防車のポンプを繋いで水をどんどん、どんどん入れて冷やそうとしてるんですけど、2011年の3月13日に話しているのは、どれだけ水を入れても水位が回復しないと。これは水位計が、水位を測る水位計が壊れているのか、もしくはどこかに穴が開いて全部水が抜けているのかのどちらかだ。でもまぁ恐らく水位計が壊れているんだろうと会話しているんですね。でもいくら入れても水位が回復しない、そういうこと話してます。

 

そういう会話が続いているうちに「すいません、もうニュースで水位が満水になったと発表しちゃいました」って書いてあるんです。水位がちゃんと回復していないのに、水が入っていないのに、冷却が戻ってないのに、ニュースでは先に満水になったっていうことが間違って報じられてたんですね。

 

そのように、2011年3月の東京電力のテレビ会議動画を見ると、いかに情報がちゃんと外に伝わっていなかったか。報道にも、省庁にも、官邸にも伝わっていなかったかっていうことがよくわかります。

 

あ、おしどりマコと申します。すいません、足を止めていただいて。時々、そうでした、時々言おうと思っていたんでした。今年の参議院議員選挙で、全国比例で立憲民主党から立候補する予定になりました。おしどりマコと申します。私これを言わずにすごい自分の話したい話ばっかりするので、あ、ありがとうございます。いろいろ話した後に、足を止めてくださった方に、「お話面白かったけど、結局これはどういうイベントなの?」って聞かれたことがあって、時々言わないとなぁというのを思い出しました。そうでした。

 

原発事故のこと、8年経って、私まだまだできることがあると思っていて、そのさっき言った国会事故調の報告書と政府事故調の報告書が2012年の7月で終わっている、それが最終版になっているっていうのはとても悔しいんですね。それだけで全国の裁判が争われているっていうのもおかしいです。その事故調の報告書、再開したい。

 

裁判の取材をする度に、あ、明日千葉の第二陣の訴訟の判決が出るんですけど、その、大体地裁の判決で国や東京電力の責任があると、住民側が勝つんですけど、でもその賠償金額っていうのがとても低いんですね。その賠償金額はどの判決文にも大抵書いてるんですけど、「社会通念に照らし合わせて」って書いてあるんです。つまり、私たちが「もう原発事故の賠償なんてこれくらいの金額でいいでしょ?」っていう社会通念が、その裁判の判決に反映されているのかって思うとすごい悔しいです。

 

本当は裁判なんて起こさなくても、被害にあった人はちゃんと賠償されるべきだし、ちゃんと対策を取れるべきだし、それが行われていないっていうのは、裁判の判決を書く裁判官が法律に照らし合わせて判決を書き、その法律はだれが書くか、作るかっていうと国会です。国会議員の人たちが法律を作ってる。国会議員を誰が選ぶかっていうと私たちなんで、あぁやっぱり結局社会通念と同じ様に私たちに責任があるんだと、裁判の取材をする度に思います。

 

でも、でも、8年経ちましたけど、でも私はまだまだできることあると思っていて、原発事故のあと、私は本当に不勉強で、それはとても反省して、本当は原発事故が起こってひどい世の中になったんじゃなくて、その前からたくさんひどい問題があったのに、私が怠けていて、サボっていて、だからこんなひどい状況になってることに気づかなかったんだと反省しています。原発事故じゃなくて、私が知らないいろんなひどい問題もたくさん、たくさんあって、できればそれも全部知って、全部動いていきたいです。

 

今日この後、品川の入管管理局に行こうと思うんですけど、海外の技能実習生の方々や、海外から来られている、不法就労と言われる方々に対しての扱いがものすごいひどいというのも、すごい悔しいことです。

 

そう、原発事故の後の海外の技能実習生の方々にどういう対応を取っていたかっていう、私たち日本の対応もすごい恥ずかしいです。技能実習生の方々が福島第一原発事故後の廃炉や除染作業に加わっているっていうことを、作業員の方から聞いては知っていたんですけど、私自身はきちんと裏を取ってオープンにするっていうことは出来ていませんでした。

 

でも去年、正確に言うと一昨年なんですけど、一昨年ベトナムからの海外技能実習生の方々が福島第一原発事故後の除染作業をしていて、そして将来の健康に不安に思ったため寮を脱走して、大概その場合は不法就労という形になるんですけど、全統一という労働組合に駆け込んで、労働組合がベトナム人の技能実習生の方に代わって雇用主と労働交渉して、騙されてベトナムから日本に連れて来られて、原発事故後の除染作業をしていたこと、そして危険手当もピンハネされていたこと、放射線教育もまともに受けてはいなかったこと、そういうことをたくさん引き出して記者会見を開いたんですね。

 

当時、日本のメディアの初動はあまり、対応は悪かったんですけど、1番大きく動いたのがベトナム大使館で、ベトナムのテレビや新聞のメディアが大きく取り上げたんですね。自分たちの娘や息子を日本に海外の技能実習として送っていたけど、建築業とか契約して、そして原発事故後の作業に当たっていたのかっていうことが大問題になったそうです。

 

そしてベトナムの大使館が、その全統一労働組合と日本政府に問い合わせた結果、去年の6月に技能実習生の一部要領が改正されて、雇用主の誓約書に、「福島第一原発事故後の除染作業、廃炉作業には、技能実習生は一切させません」という一文が加わりました。でもその一文が加わったのは去年の6月なんですね。2011年に事故があってから2018年というのは、とても遅過ぎると思います、本当に。

 

技能実習生の方々でもそういう扱いを受けていて、原発事故だけでなく、いろいろな工場や農業のところで、奴隷のような扱いを受けていて、そして入管施設でも具合が悪くなっても救急車すら呼んでもらえない。お医者さんの診察も受けさせてもらえない。今この瞬間にもそういうことが起こっているのかと思うと悔しいです、本当に。むかつきます。

 

でも、私たちが出来ることは、ただただぼやくこと、悔しがることではなく、私自分の半径5mにアクセスして変えていくだとことだと思うんですね。半径5mを変えていくこと。これ難しいように思うんですけど、私が機嫌よく、元気よく、ちゃんと社会のことを考えて動いていくっていうことをやり続けていれば、周りにアクセスしなくても、勝手に周りが寄ってきてくれる場合もたくさんあるんです。

 

例えば私、2011年から原発事故の取材をずっとしてますけど、そうすると吉本とか他の会社でも、芸人さんが、芸人の先輩が、自分の彼女に赤ちゃんができたとか、自分の奥さんに赤ちゃんができた場合、一番に私のとこに連絡してくるんですね。ちょっと嫁が妊娠したんだけど、彼女が妊娠したんだけど、今何をどう気をつけたらいいの?どういう物を食べたらいいの?原発事故にまったく関心がなかった人たちが、私が詳しいっていうことをなんとなく知っていれば、原発事故の情報が知りたくなった時にまず私にアクセスしてくるんです。

 

なので、ちょっと変な状況になっていて、その先輩方の相方やご家族よりも、一番に私がどこの先輩の奥さんが妊娠したか、一番よくわかるっていう状況になっていて、不思議な感じになっています。

 

なので、周りと社会の話、政治の話をすることっていうのは、難しいようでいて、でもそれはやっている私が、楽しく、元気よく、機嫌よくやっていれば、何かつられて「ちょっと話聞きたいんだけど」っていうふうに、周りが勝手に寄ってくることでもあるなぁと思っています。

 

原発事故の取材をしていて、2011年の3月とか4月とか、うちの実家の母がものすごく怒っていて。原発に触れると芸人の仕事を干されるから、実際すぐに干されたんですけど、仕事干されても知りませんよと。仕送りなんかしませんよと。何で芸人が原発事故の取材するの?って。NHKが嘘つくわけないでしょう?って。政府が国民を守らないわけないでしょう?と。毎晩電話を掛けてきて、メチャクチャ怒りました。

 

私は「でもいま自分が本当に知りたいから原発事故の取材をしているんです」と、ずっと母親に言い続けたんですけど、毎晩号泣しながら2時間電話をして。でもそれはあまりにも無駄なので、うちの母親に「もうちょっとしばらく縁を切りましょう」と。3ヶ月ごとに親との縁を切って、3ヶ月目にもう一度電話をして、親子の縁を切る契約を更新するか打ち切るか相談しましょうということにして。

 

3ヶ月ごとに親子の縁を切って、結局6カ月、半年縁を切ったんですけど、私がどれだけ取材をして、本当のことを、どうなってるのか知りたいかっていうガッツが伝わったようです。

 

2014年に、うちの母もいろいろな本を読んだり、いろいろ自分で講演会に足を運んだりした結果、急にうちの母は神戸の三宮のセンター街で、沖縄の辺野古の問題に関するチラシ配りを急に始めまして、ついにはじめまして。連絡が来たんですけど、うちは家族会議の結果、娘が原発をやってるので親として辺野古に取り組みますと連絡が来ました。

 

時々電話が掛かってきて、何か質問されるんですね。「ネトウヨって何?」って2年前に聞かれたんですけど、ネトウヨっていうのはネットの右翼っていう略語ですと言うと、「なるほど、ネットの右翼でネトウヨ、じゃネトウヨに勝つのは近所の左翼ね」って言い出して、「キンサヨ」っていうなんか活動を急に始めて、すごく私より恐ろしい存在になりつつあります。

 

もうキンサヨ何してるかっていうと、近所のいろいろな、自民党の方とか、公明党の方とか、議員の先生の事務所とか住所を調べていろいろ手紙を書くんですね。そして、住所を書かずに、切手を貼らずに、直接投函しに行くんですよ。そうすると、その近所の住人がいろいろこういう意見を持っているっていうことがわかって、切手を貼らないで直接投函しに行く方が恐ろしいだろうと言って、その、まるで恐怖新聞のように毎晩、毎晩、夜な夜な届けに行くっていう活動とかも始めていて、もう、恐ろしいなぁと思います、本当に。

 

なので・・・でも、「何で芸人が取材するの?」って、「あんたがそんなことしなくてもいいでしょう」と激怒していた親が、すごく私よりアグレッシブに動き出しているっていうのは面白いことだなと思います。

 

本当に自分の周りを変えられるのは自分だけで、たくさんの人たちが急に半径5mを、自分の周りを変えていこうとしだしたら、どんどん、どんどんものすごく早く、世の中はいろんな問題が解決するんじゃないかと思います。すごく楽観的なんですけど。

 

でも、でも、心の中を急に変えるっていうことは、すごく簡単なことだと思って。何も金もいらないし、何も対策もいらないし、決めるだけでいいんです、本当に。

 

社会を変えるにはたくさんのやり方があって、すごく重要なのは、選挙の時の1票もものすごく大切なんですけど、でも選挙の時の1票だけじゃなくって、どこに足を運ぶかとか、何を食べるかとか、何に時間を使うかとか、誰と過ごすかとか、何を読むかとか、どういうメディアを選ぶかとか。そしてそのメディアにアンケートはがきを書くとか。たくさん生きてるだけで生活の中に社会を変えていく1票があると思うんですね。選挙の時の1票だけじゃなく。

 

なので、今日こうしてみなさんが足を止めてくださって、ここで私の話をこうして聞いてくださって。みなさんが持っている今日のこの夕方の1票を、ここに使ってくださったことに、とても感謝をしています。本当にありがとうございます。

 

あ、忘れてた。最後に、もう一度言います。今年の参議院議員選挙で、全国比例で、立憲民主党から立候補する予定になりました。おしどりマコです。どうもありがとうございました。